| 07/11/25 |
| マカオの歴史 |
香港と同様、マカオもポルトガル領としての歴史的背景から、マカオは中国とポルトガルの文化が融合した独特の文化があります。
公用語は、ポルトガル語と中国語と英語。
■1513年 ポルトガル人が中国南部に上陸 マカオにポルトガル人が到来し、中国の明王朝との交易に乗り出すのは16世紀初めの1513年のことである。当初は東南アジアの植民地から中国近海に来航していたポルトガル人は、マカオに居留地を確保し、中国や日本に対する貿易拠点とした。マカオはまた日本や中国に対するカトリック教会の布教の拠点でもあり、日本の禁教後はマテオ・リッチなどのイエズス会宣教師を北京に送り込んでいた。
■1849年 ポルトガルがマカオを植民地化 ポルトガルがマカオの行政権を中国人官吏から奪取し、ここを完全に植民地化したのは1849年のことで、アヘン戦争によってイギリスが香港植民地を獲得したのに刺激されたものであった。
■1974年 ポルトガルが海外の植民地放棄を宣言 ポルトガルは海外に所有するすべての植民地の放棄を宣言。
■1987年 中国返還が決定 1979年には中国とポルトガルの国交が樹立されるにあたり、マカオの本来の主権が中国にあることが確認された。1986年より、中国がイギリスとの間で進める香港返還交渉と平行してマカオ返還交渉が開始。翌1987年、両国は共同声明を発して1999年に行政権が中国に返還されることが決定した。 --- 香港旅行 香港ナビトップへラベル: マカオの歴史 |
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